文禄堂荻窪店スタッフと巡る「本」を感じる荻窪

かつら文庫にて。色紙は、石井桃子さんが教文館「子どもの本のみせナルニア国」(東京銀座)のために書いたもの。

作家や編集者などが多く暮らし、今も昔も「本」に馴染みの深い中央線杉並エリア。なかでも荻窪は、新刊書店や古書店が点在し、高名な作家や出版人の痕跡があちこちに遺されているなど、様々な角度から本を感じることができる街です。今回はそんなスポットを厳選して、新刊書店の文禄堂荻窪店スタッフの山内歩さんをお誘いして一緒に散策。荻窪らしい落ち着いた場所で知的な刺激を受けながら、最後に、現在入手可能な杉並ゆかりのおすすめ本をご紹介いただきました。

山内歩さん。書店員として前身のあゆみブックス時代から10年以上のキャリアがあります。

山内歩さん。書店員として前身のあゆみブックス時代から10年以上のキャリアがあります。

子どものための図書室「かつら文庫」

荻窪駅南側の閑静な住宅街に立地する「かつら文庫」。ここは児童文学の第一人者で、杉並名誉区民である石井桃子さんが子どもたちのために1958年に開いた小さな図書室です。現在は公益財団法人東京子ども図書館が管理・運営し、「子どもと本に心を寄せる方たちのための交流と研修の場」として全国でも貴重な拠点となっています。

この場に刻まれる歴史的な出来事は数多ありますが、なかでも『ちいさなおうち』などで有名なアメリカの絵本作家、バージニア・リー・バートンが1964年に訪れていたことは特筆すべきでしょう。石井さんと交流の深かった海外の偉大な作家が荻窪にやって来て、子どもたちの前で絵を描いてくれたというエピソードはとても感動的です。

「石井桃子さんは、誰もが一度は通る絵本の世界で必ず目にするお名前です。書店で働いていると、子どもにどんな本を読ませて良いかわからない、といった声を聞くこともあります。そんな親御さんの悩みにも真っ先に応えてくれるのが、こういう施設。スタッフの方が的確なアドバイスをしてくれますからね。再訪してみて、いつまでも大切にしていきたい場所なのだという思いを改めて抱きました」。

「かつら文庫」の正面入口。本をゆっくり味わうための静かな環境が整っています。

「かつら文庫」の正面入口。本をゆっくり味わうための静かな環境が整っています。

館内はいくつもの部屋に分かれていますが、最初に通ることになるのがこの貸し出しを行っている子どものための図書室です。

館内はいくつもの部屋に分かれていますが、最初に通ることになるのがこの貸し出しを行っている子どものための図書室です。

図書室のカウンターにある「おなまえカード」。いつの時代も、毎週本を借りに来る熱心な子どもたちがいます。

図書室のカウンターにある「おなまえカード」。いつの時代も、毎週本を借りに来る熱心な子どもたちがいます。

2階のこのスペースは、かつて石井桃子さんが居室として使っていたところ。大人対象に公開しています。壁にかけられているのが、バージニア・リー・バートンが来訪時に描いたという絵です。

2階のこのスペースは、かつて石井桃子さんが居室として使っていたところ。大人対象に公開しています。壁にかけられているのが、バージニア・リー・バートンが来訪時に描いたという絵です。

各スペースを丁寧に案内してくださった広報担当の吉田啓子さん。

各スペースを丁寧に案内してくださった広報担当の吉田啓子さん。

同じく2階にある石井桃子さんの書斎。生前、この机で実際に執筆や編集作業を行っていたのだそうです。

同じく2階にある石井桃子さんの書斎。生前、この机で実際に執筆や編集作業を行っていたのだそうです。

かつら文庫
住所 杉並区荻窪3-37-11
電話 03-3565-7711(電話は東京子ども図書館へつながります)
開館時間 ○子ども対象
第1〜第4土曜(祝日、夏期・冬期の特別休館日を除く)14:00〜17:00
○大人の公開日
原則火曜・木曜(祝日を除く)13:00〜16:00
※不定期で休館する場合があります。事前にWEBサイトをご覧いただき、見学を希望される方はご連絡ください(観覧料500円)

昭和の文化人の気品漂う「角川庭園・幻戯山房〜すぎなみ詩歌館〜」

次に訪れたのは、「かつら文庫」からもほど近い場所に位置する「角川庭園・幻戯山房〜すぎなみ詩歌館〜」。角川書店創始者で俳人の角川源義(げんよし)さんの旧邸宅を、杉並区が遺族から寄贈を受けて改修した施設です。2009年に開園し、茶室や部屋の貸し出しのほか、四季折々の草木や花が楽しめる日本庭園、源義さんにちなんだ展示室が一般公開されています。

建物は木造2階建ての近代数寄屋造り。直線美を活かした外観やシンプルな内装が特徴的で、開園の年に国の登録有形文化財に登録されました。指定管理者として運営を任されているNPOの淀川正進さんの案内で見学すれば、「彼の最初の功績は、1945年の創業からわずか4年後の1949年に角川文庫を刊行したこと。廉価な価格設定で、学生を中心に若者から絶大な支持を得たんですよ」などと教えを受けることができます。

「角川書店といえば、書店員としてはやはり夏の文庫フェアを思い出しますね。その文庫の巻末では、名文として知られる源義さんの「角川文庫発刊に際して」を読むこともできます。建物や庭の随所に昭和の文化人のこだわりが込められたこの場所は、本当に見応えがあっておすすめですよ」。

門を通り抜けると、緑に覆われた空間が現れます。庭園は武蔵野の雑木林を意識して造られ、様々な草花の表情が楽しめます。

門を通り抜けると、緑に覆われた空間が現れます。庭園は武蔵野の雑木林を意識して造られ、様々な草花の表情が楽しめます。

「近代数寄屋造りの父」と称される吉田五十八の弟子、加倉井昭夫という建築家が設計した旧邸宅(1955年竣工)。庭に面して南側に配置された各部屋は一面ガラス張りで開放感があります。

「近代数寄屋造りの父」と称される吉田五十八の弟子、加倉井昭夫という建築家が設計した旧邸宅(1955年竣工)。庭に面して南側に配置された各部屋は一面ガラス張りで開放感があります。

淀川さんの案内で、保管されている各種資料とご対面。

淀川さんの案内で、保管されている各種資料とご対面。

「一念一植」。角川源義さんは文豪・吉川英治から贈られたこの親鸞の言葉を座右の銘としていたそう。

「一念一植」。角川源義さんは文豪・吉川英治から贈られたこの親鸞の言葉を座右の銘としていたそう。

建物の最奥にある四畳半の茶室。柱が特徴的で、土壁に隠された構造になっています。

建物の最奥にある四畳半の茶室。柱が特徴的で、土壁に隠された構造になっています。

角川庭園/幻戯山房(すぎなみ詩歌館)
住所 杉並区荻窪3-14-22
電話 03-6795-6855
営業時間 9:00〜17:00
定休日 水曜、年末年始(12月29日〜1月1日)

こんな本屋が欲しかった「Title」

荻窪駅北口から徒歩約12分とやや不便なところにありながら、2016年1月のオープン以来、全国の本好きから注目を集め続ける新刊書店「Title」。駅から離れていることもあり、本を選ぶという目的のためにゆっくり時間を過ごすことができると評判です。また、ギャラリーやカフェも併設されているので、イベントが定期的に行われたり、季節ごとのカフェメニューが楽しめたりと、本を起点とした新しい出会いにあふれるスポットでもあります。

店主の辻山良雄さんは、荻窪の特徴を「古い土地ですし、誇りを持っている人が暮らす街ではないでしょうか。編集者やデザイナーなど本に関わる仕事に就く人も多く住んでいるので、ウチのような本屋とは相性が良いですよ」と話します。実は山内さんも自宅が比較的近く、こんな本屋が近所にあって良かった、と太鼓判を押します。

「この場所が以前精肉屋さんだったときから前を通っていたんです。今は一人の客として、本を買いに来たり、気になったトークイベントに参加したりしています。自分の職場が本屋なのに、帰り道にTitleさんの看板と棚を見るとホッとしてしまうんです(笑)」。

画家のnakabanさんが手がけた看板。独特の青がこのお店のキーカラーです。

画家のnakabanさんが手がけた看板。独特の青がこのお店のキーカラーです。

辻山さんと。同業者同士、共通の話題も多く情報交換にも余念がありません。

辻山さんと。同業者同士、共通の話題も多く情報交換にも余念がありません。

「つい最近もこの本のイベントに来たんですよ」と棚を前に話し込む山内さん。

「つい最近もこの本のイベントに来たんですよ」と棚を前に話し込む山内さん。

2階のギャラリースペースでは、企画展から古本市まで様々な催しが開かれています。

2階のギャラリースペースでは、企画展から古本市まで様々な催しが開かれています。

カフェはお子さんの送迎の合間に一息つくときなどに重宝するそう。この日はレアチーズケーキ(550円)とアイスコーヒー(450円)をいただきました。

カフェはお子さんの送迎の合間に一息つくときなどに重宝するそう。この日はレアチーズケーキ(550円)とアイスコーヒー(450円)をいただきました。

Title(タイトル)
住所 杉並区桃井1-5-2
電話 03‐6884‐2894
営業時間 12:00~21:00
定休日 水曜・第三火曜

いつでも誰でも気軽に入れるように「文禄堂荻窪店」

さて最後は、荻窪駅南口から徒歩約2分、山内さんが勤務する「文禄堂荻窪店」に帰ってきました。駅近くのいわゆる”街の本屋さん”としてこの地に馴染んでいますが、元々は2012年に「あゆみブックス」としてオープンしたのち、2015年に「文禄堂」という新ブランドにリニューアルしています(杉並区内には、他に高円寺店があります)。

荻窪店では、このリニューアルにあたって雑貨コーナーを増設した他、気軽に店に入ってもらえるよう入口を開放的な作りにしたとのこと。営業時間も朝9時(日曜は10時)から深夜までと長いので、日頃から誰もがふらりと入れるような安心感ある店でありたいという願いが込められています。一歩入れば、まさに街の本屋としての自負心をあちこちから感じることができます。

「近隣に住んでいるみなさんに、使い勝手の良い本屋でありたいとスタッフ一同奮闘しています。ぜひ気軽に足を運んでいただければうれしいです!」。

人通りの多い小道に面して店はあります。開放的な入口の店頭に、月ごとに変わる雑貨のポップアップが設置されています。

人通りの多い小道に面して店はあります。開放的な入口の店頭に、月ごとに変わる雑貨のポップアップが設置されています。

約5万冊の蔵書を揃える店内。街の本屋ということでオールジャンル取り扱われていますが、中央線沿線らしい渋い人文書なども棚からちらりと顔をのぞかせます。

約5万冊の蔵書を揃える店内。街の本屋ということでオールジャンル取り扱われていますが、中央線沿線らしい渋い人文書なども棚からちらりと顔をのぞかせます。

雑貨コーナーは店に入って右奥にあります。本に関係する文具類やトートバッグなどを中心に、見ているだけでも楽しくなる品々が並びます。

雑貨コーナーは店に入って右奥にあります。本に関係する文具類やトートバッグなどを中心に、見ているだけでも楽しくなる品々が並びます。

杉並ゆかりのおすすめ本を山内さんに紹介いただきました。まずは丸山正樹さんの著作で、『龍の耳を君に(デフ・ヴォイス新章)』『慟哭は聴こえない(デフ・ヴォイス)』(いずれも東京創元社)、『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(文春文庫)。

杉並ゆかりのおすすめ本を山内さんに紹介いただきました。まずは丸山正樹さんの著作で、『龍の耳を君に(デフ・ヴォイス新章)』『慟哭は聴こえない(デフ・ヴォイス)』(いずれも東京創元社)、『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(文春文庫)。

こちらは荻窪〜西荻窪エリアにお住まいの歌人・穂村弘さんの作品。『鳥肌が』(PHP文芸文庫)、『このほん よんでくれ!』(クレヨンハウス)、『ぼくの短歌ノート』(講談社文庫)。

こちらは荻窪〜西荻窪エリアにお住まいの歌人・穂村弘さんの作品。『鳥肌が』(PHP文芸文庫)、『このほん よんでくれ!』(クレヨンハウス)、『ぼくの短歌ノート』(講談社文庫)。

あゆみブックス時代からの常連客でもある漫画家・鶴谷香央理さんの刊行中の作品『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)。

あゆみブックス時代からの常連客でもある漫画家・鶴谷香央理さんの刊行中の作品『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)。

他にも杉並関連の本がどんどん出てきます。左上から、近藤聡乃『A子さんの恋人』(KADOKAWA)、よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社)、東川篤哉『ハッピーアワーは終わらない-かがやき荘西荻西荻探偵局-』(新潮社)、『かがやき荘西荻西荻探偵局』(新潮文庫)、角田光代・河野丈洋『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』(新潮社)、又井健太『レトロ雑貨夢見堂の事件綴』(朝日文庫)、井伏鱒二『荻窪風土記』(新潮文庫)、三浦しをん『あの家に暮らす四人の女』(中公文庫)。

他にも杉並関連の本がどんどん出てきます。左上から、近藤聡乃『A子さんの恋人』(KADOKAWA)、よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社)、東川篤哉『ハッピーアワーは終わらないーかがやき荘西荻探偵局ー』(新潮社)、『かがやき荘西荻探偵局』(新潮文庫)、角田光代・河野丈洋『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』(新潮社)、又井健太『レトロ雑貨夢見堂の事件綴』(朝日文庫)、井伏鱒二『荻窪風土記』(新潮文庫)、三浦しをん『あの家に暮らす四人の女』(中公文庫)。

文禄堂荻窪店
住所 杉並区荻窪5-30-6
電話 03-3392-2271
営業時間 平日 9:00〜25:00 日祝 10:00〜24:00
定休日 なし

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※本記事に掲載している情報は2019年08月08日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。