荻窪の居酒屋・鳥もとの名物大将に聞く(後編)

(前編はこちら

青森の銘酒「豊盃(ほうはい)」にとことん惚れ込む

倉嶋:それにしても「豊盃」はよくこれだけのラインナップを揃えられましたよね。

大将:ボクはこのお酒を飲んでまずは味で惚れましたね。「なんじゃ、これは!!」と。1時間で1升飲んだんです。どんだけ飲んだら吐き気とかするかなと、てめえの身体で試そうと思ってね。もちろんお酒だから酔いますよ。でも頭痛も吐き気もないし、これは最高の酒だ、これだと思った。

倉嶋:1時間で1升…。

大将:きっかけは、ボクの手を握ったまま病気で死んでいった青森出身の大切な友達です。毎年命日にお墓参りに行っているんですが、その友達が帰省すると寄っていたお寿司屋さんがあって、そこで初めて「豊盃」と出会ったんです。五所川原です。

倉嶋:それでお飲みになられて。お店で置くようになったのは?

大将:最初は色々ある事情も分からないで、蔵に電話してお願いしました。ただ売って欲しいの一点張りだったものですから、3回電話で断られ続けました。それでも、4回目でようやく「ほんと、しつこい人だわね」と社長の奥さんに言われて(笑)、東京で扱っている酒屋さんを教えてもらって。そこから「豊盃」を置くことになったんです。

倉嶋:時期としてはいつからですか。

大将:今から3、4年前に取引が始まりました。その間、販売されているものは全種類集めました。味にとにかく惹かれたし、社長に奥さん、息子さんたちの人柄に惚れました。それに、手に入らないお酒だって聞いたら余計に欲しくなってね。どんなことしてでも手に入れてやろうっていうぐらいの気持ちで。もちろん悪いことしてじゃなくってね(笑)。社長と初対面した時の帰り際に、蔵元限定品で社長が認めた人にしか売らないという大吟醸をお土産にと言ってプレゼントしてくださいました。

倉嶋:こちらで「豊盃」を頼むと、徳利のネックにラベルを下げてくださるじゃないですか。

大将:これはボクのアイデアです。初めて社長に会った時に伺った「地元の人に安くておいしい酒を飲んでもらいたくて作ってるんだ」っていう気持ちにジーンと来てね。よその銘柄で大量に販売しているところって、徳利とかお猪口に商品名が入って出回ってるでしょう。そういうものに「豊盃」さんのお酒を入れるのは失礼に当たるなと思ってね。

倉嶋:なるほど。

大将:それで何も書いていない無垢の徳利を取引先の酒屋に探してもらって。「豊盃」の種類は多いもんだから、お客さんに勧めていても忙しかったら「あれ何だったっけ」って銘柄がわからなくなるから、こういうものを作ろうと。最初は一升瓶からラベルをはがそうと思ったんだけどきれいに剥がれるのと剥がれないのがあってね。それで無理を承知で、酒屋さんを通して「新品のラベルを分けていただくことはできないですか」ってお願いをして。一昨年に杜氏(とうじ)の息子さんが見えた時に、「これ、頼まれていたものです。好きなようにお使いください」っていただいてね。

倉嶋:おお、嬉しいですね!

大将:15種類ぐらいのラベルを持ってきてくれてね。「ワオ!」ってなって。家族で作ってる小さな蔵の手に入らないお酒だから、大量生産されているやつにラベルをカラーコピーして貼ったら事故になるわけでしょう。まさかわけてもらえるとはね。それで縮小コピーしてパウチして汚れないようにして、余白のところに穴をあけてチェーンをかけるようにしました。

倉嶋:これはめちゃくちゃいいです。飲んでる方も「豊盃」のどの銘柄を飲んでいるのか、わからなくなっちゃうから。

大将:出来上がった時、だーっと並べて。

倉嶋:これがかわいいんですよね。徳利のネックにかかっているのが。

大将:初めて店に来て、これをくれって言ってきた女性客がいたんだけど、頭にきたね。何を言ってるんだ、そんな簡単に渡せるもんじゃないよって。それでもしつこく「ちょーだい、ちょーだい」って。「帰れこのやろう!」ってね(笑)。これを作るまでにどれだけの信用と、どれだけの人間が動いてくれたと思ってるんだ。売って欲しいって言われたけど、金に変えられないわってね。

倉嶋:これはそれぞれ何個ずつあるんですか。

大将:銘柄によって5枚ずつとか。ちょっと出る量が多いのは10枚とか、そうやってちゃんと作ってます。あとはデータはあるから、追加で作れる。

倉嶋:初めてこれを拝見した時は、大将は繊細な方なんだなあと思いました。

大将:普通はひとつの蔵で4〜5種類くらいで、吟醸だ、純米酒だ、大吟醸だとかなんだけど、「豊盃」は三十種類も出荷しているのでびっくりしちゃってね。冬のお酒、春のお酒、夏のお酒、秋のお酒ってそれぞれに出荷の時期を代えたりしてるし。それで手に入らないとかになったらもう欲しくて欲しくて(笑)。並んで買いに行ったり。配達もしてくれるんですけど、大体は自分の足で行くんですよ。そうしたらちょっと隠しておいたやつとか、裏にあったよなんて(笑)。

荻窪の街への思い

倉嶋:荻窪について聞かせてください。大将はいつもホウキとチリトリを持って街中の掃除をされていますよね。

大将:店の前と裏の路地と、昔の店があったところの駅の広場、ルミネ荻窪店の前あたりまでね。おかげで腱鞘炎になって、ずーっと治らない(笑)。

倉嶋:その原動力って何でしょう。駅前時代のお店に入られた時も、共同トイレがこのままじゃだめだ、ダクトもだと言って、みんなが見てもいないところを黙々と掃除されてたわけじゃないですか。それを大将は今でも続けられている。

大将:何でって、一度手をかけたことはやり続けないとね。三日坊主だったら誰でもできるし。あとは、北海道から荻窪に出てきて、ここで仕事して稼いで借金を返せたから。この街に対する感謝ですよね。あとは、自分が客の立場だったら、こうだったらいいだろうなという思いが自然とそういう風になっちゃうんでしょうね。ちょっとお客さんを送りに駅まで行って、その途中に吸殻や空き缶が落ちてたりしたら拾ってね。掃除っていうより、なんだろうな。飲んだ人間もちゃんと捨てるなり持って帰るなりすればいいんだろうけど。マナーの問題ですね。

倉嶋:私はいつもベロ酔いでお邪魔して、必ず駅前ロータリーのタクシー乗り場まで大将に連れ帰ってもらって。その合間合間に、なんでここにこんなゴミを?って、(大将が)拾っていかれるんですよね。それはすごいなと思うんです。深夜すぎの時間帯にこんなデブな女を抱えながら…。

大将:デブとは言わないよ。ボクはグラマーと言うんです(笑)。

倉嶋:ありがとうございます(笑)。その姿を酔っぱらいながら拝見していて、すごいなと思っていて。

大将:やっぱり汚いよりきれいな方がいいでしょう。色々な道から路地裏のこの店にお客さんが来てくれる。それはつまり、お客さんが通るレッドカーペットだからね。一度ボクが掃除していたとき、目の前で煙草をポイって捨てたヤツがいました。「道路は灰皿じゃないから拾えや」って言っても無視するから、「聞こえなかったのか!」って大声で呼び止めました。「喧嘩したいのかコラ。道路は灰皿じゃないからちゃんと捨ててね」って。「携帯用の灰皿を持って歩けば?」とも言いました。そういうのも、見て見ぬふりはできないからね。ま、そういうこともやってるから街中で有名になっちゃうんだよね(笑)。

倉嶋:(笑)。ホントに真面目に街のことを考えてらっしゃる。大将のそういうところがたまんないんですよね。

大将:やっぱりね、商売やらせてもらっている街だから。安心・安全できれいであること、というのが理想じゃないかな。

頂上に居続けるために

倉嶋:今年初めて音楽イベントを企画されていると聞きました。新しいことを始めるのに、ものすごいエネルギーが必要ですよね。

大将:エネルギーというか、ものすごく考えるよね。何か発想するのにも、人がやっていない企画は何かなあって。色々と調べたりして、これとこれをこう組み合わせてこうしようみたいな。

倉嶋:その音楽イベントはどういう内容ですか?

大将:10月16日の日曜、昼の1時から、昔の店があった広場のところで「荻窪ロックフェス」(※1)っていうのをやる予定です。3〜40年前に日本のロック界を席巻したキャロル、ARB、アナーキーなんかのメンバーが来てくれたり、他のバンドも出ます。それで、ボクにも一曲歌えっていうから、困ったなと思ったんだけど、各バンドのギター、ベース、ドラムが集まって、1日だけの即席のユニットを組みます。

(※1)詳細は、後日、当プロジェクトのFBページなどでもご紹介します。

倉嶋:素人ののど自慢にものすごいバックバンドが付くっていうイベントなんですか(笑)? すごい。

大将:荻窪にclub Doctor、高円寺にReefというライブハウスがあって、そこのオーナーの掃本勝行さんっていう方が昔の店の時代からよく来てくれていました。その方が、矢沢永吉のキャロルっていう2年半ぐらいしかやってなかったバンドでギターを弾いていた内海さん、64歳の今も現役でドラムを叩いている元ARBのキースを紹介してくれたんです。それで今回声をかけたら、来てくれることになった。そうやって色んな人たちが集まって演奏してくれて、そこで歌うなんて夢みたいな話でしょ。阿佐ヶ谷には七夕まつり、高円寺には阿波おどりがある。荻窪にもクラシックの音楽祭はあるんだけど、それらに匹敵するどでかいイベントはないでしょう。それで、何か一発やらかしてやりましょうと、まずはウチの商店街(※2)が主催になって駅前の広場でやると。事故なく怪我なくトラブルなく。安全に終わるようにやって、5年、10年、20年と続けていくような催しにして、それを追々、その日だけは歩行者天国にするとか。プロのバンドや歌手のライブはあるけど、そんなプロたちと一般人が一緒に歌うようなライブはないでしょ? それを思いついたのよ。

(※2)大将は鳥もとのある荻窪銀座商店会の会長を務めています。

倉嶋:入場料は?

大将:無料です。道行く人もふらーっと見れるように。ロープを張って歩行者の通路は確保して。警備員は頼まないで自分らでやります。宣伝は、荻窪にあった新星堂の人がやらせてくださいって来てくれたので頼んだり、キャロルの内海さんが神奈川でラジオ番組を持っているんで、その生放送に行ったりしようと思ってます。失敗は許されないからね。揉め事だとかもないようにね。午後1時から4時まで、雨天決行。ステージの上に屋根も付けます。

倉嶋:これって、ナビゲーターのきたろうさんが言った言葉ですか? まさにこのとおりですね。

大将:頂上にいながら頂上を目指す。きたろうさんにも言ったんだよね。俺がちょっと変わったことをやって、大概のやつらはどこかここかで情報を仕入れたりして、俺のやってることを真似して来るだろう。真似して来たら、そいつらには真似できないようにドカーンと突き放してやる。だけど初心に戻って、普段、日頃やっていることをおろそかにしないで、日々の積み重ね。普段やってることをおろそかにしてたら絶対に足元すくわれてこけるから。それが毎日の掃除にも当てはまるんですよ。

倉嶋:普通はある程度やると部下に任せたりするけど、それもしない。

大将:ボクが年じゅう掃除しているもんだから、青梅街道沿いにある老舗ラーメン屋の春木屋さんの奥さんが、「ずーっと動いている大将はマグロと一緒だね。マグロは止まったら死んじゃうから」って。たしかにそうなんだけど、そういうふうに褒めてくれるなら、マグロより鮫って言ってくれた方が良かったんだけどね(笑)。まあ、やんちゃなもんですよ。

鳥もと本店
住所 杉並区上荻1-4-3
電話 03-3392-0865
営業時間 月~金13:00~24:00、土12:00~23:30、日・祝12:00~23:00
定休日 盆、年始2日ずつ休

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※本記事に掲載している情報は2016年08月02日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。